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横浜地方裁判所 昭和33年(ワ)345号 判決

原告 藤森喜七

被告 長田良 外一名

主文

原告と被告小山との間で、別紙目録記載の建物が原告の所有であることを確認する。

被告小山は原告に対し右建物について横浜地方法務局磯子出張所昭和二八年一二月二八日受付をもつてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

原告の被告長田に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告小山との間に生じたものは被告小山の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告小山に対し主文同旨、被告長田に対し、「別紙目録記載の建物が原告の所有であることを確認する。被告長田は原告に対し、右建物について横浜地方法務局磯子出張所昭和三一年六月一五日受付第二九一九号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告長田と被告小山との間の昭和三一年(ヲ)第四三〇号不動産引渡命令申請事件の執行力ある不動産引渡命令正本にもとずく、前記建物に対する強制執行は許さない。訴訟費用は被告長田の負担とする。」との各判決を求め、請求の原因として

一、本件の建物は昭和二二年初め頃原告が建築し、以来引続き所有しているものである。

二、原告は右建物を使用貸借により昭和二六年五月頃以降被告小山に使用させていたところ、横浜市金沢区役所固定資産税係員の誤まつた調査により昭和二七年二月同区役所備付の家屋補充課税台帳に同被告の所有として登載され、ついで昭和二八年一二月被告小山の債権者である訴外富士殖託株式会社から右建物の強制競売申立がなされるに及んで、執行裁判所の嘱託により主文第二項記載のような被告小山の所有権保存登記がなされた。原告は当時この競売手続の開始決定に対し、異議を申立て、昭和二九年三月一一日競売申立の取下を得たが、その後も右登記簿上の記載はそのままとなつていたところ、原告が知らないうちに、横浜市から昭和三〇年一〇月二四日被告小山の市税滞納を理由に差押えられ、ついで被告小山の債権者である被告長田から同年一一月中強制競売の申立があり、同人の市税代納により競売手続を進行して、昭和三一年四月二五日同被告自らこれを競落し、その代金を債権の一部と相殺して支払い、同年六月一五日請求の趣旨記載のとおりその旨の所有権取得登記をうけた。

三、しかし、原告は、もとより、被告小山にこの建物を譲渡したことはなく、右各登記や被告長田申立の競売手続等は原告の全く関知しないもので、原告の所有権に影響を与えることができないから、被告両名に対し、右所有権の確認と各その所有権保存又は取得登記の抹消登記手続を求める。

四、さらに、被告長田は右建物の競落人として、執行裁判所に不動産引渡命令を申請し、請求の趣旨記載の引渡命令を得て、昭和三三年四月一日横浜地方裁判所執行吏にその執行を委任し、これが強制執行に着手した。しかし、前記のようにこの建物は依然原告の所有であつて、被告長田は競落により所有権を取得できないものであるから、右引渡命令の執行をうけるいわれはないし、原告はこれより前の昭和三三年一月二四日同被告を相手方として本件建物の処分禁止の仮処分命令を申請し(昭和三三年(ヨ)第一一四号事件)その命令を得てすでにこれを執行しているから、この点からしても、右強制執行は許されない。

よつて、右執行の排除を求める。

と述べ、被告長田の抗弁事実を否認し、

立証として、甲第一から一三号証まで、第一四号証の一から五まで、第一五号証の一から三まで、第一六号証の一、二、第一七号証の一から三まで、第一八から二〇号証までの各一、二を提出し、証人風祭昿、原田喜四郎の各証言と被告小山本人及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一、二号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認める、と述べた。

被告長田訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

一、請求原因第一項中建築の点は知らない。その他は否認する。同第二項中、本件建物がもと金沢区役所の課税台帳同補充台帳に被告小山の所有と記載されていたこと、同被告の債権者である訴外富士殖託株式会社からなされた強制競売申立により、執行裁判所の嘱託で同被告のため所有権保存登記がなされ、その後、右競売申立が取下げられたこと、さらにその後、横浜市から被告小山の市税滞納を理由に建物が差押えられ、ついで被告長田が被告小山に対する金銭債権の強制執行として本件建物の競売申立をし、右滞納市税を代納して競売手続を進め、自ら競落人となり、代金を支払つて所有権取得登記をうけたことは認め、その他は争う。同第三項は否認する。同第四項中、被告長田が建物引渡命令を得てその執行に着手したこと、及び、原告の申請によりその主張のような仮処分命令の執行をうけたことは認めるが、その他は否認する。

二、本件建物は名実ともに被告小山の所有であつたから、被告長田は右競落により有効に所有権を取得している。

三、仮りに、これを原告の所有であつたとしても、原告は登記簿上被告小山の所有名義となつた本件建物を、同被告と通謀の上、これをそのまま放置し、同被告の所有であるかのように仮装する虚偽の意思表示をしていたものであるから、善意の第三者である被告長田にその無効をもつて対抗することはできない。

四、以上の主張が仮りに理由がないとしても、原告はすでに富士殖託が競売申立をした際、登記簿に誤つている記載があることを知つたのに、異議の申出までしながら、自己の所有名義に改めようとはせず、その後横浜市から差押登記をうけてもこれには何等の手続をとらず、善意の第三者からみれば何人も被告小山の所有と信ずるような情況にしておきながら、競売終了後の今日にいたつて、にわかにその所有権を主張して本訴の請求をするのは、いわゆる権利失効の原則並びに信義則の上から許さるべきではない。

と述べ

立証として、乙第一から四号証まで、第五号証の一から六まで、第六号証を提出し、被告長田本人尋問の結果を援用し、甲第一から五号証まで、第七号証、第九から一六号証までの成立、第一七号証の原本の存在とその成立を認める。その他の甲号証の成立は知らない、と述べた。

被告小山は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、原告主張の事実をすべて認める、と答えた。

理由

一、まず、被告長田に対する原告の請求について判断する。

(一)  成立に争いがない甲第一三号証、原告本人の供述により成立を認める甲第八号証、第一八、九号各証、証人原田喜四郎、風祭昿の各証言に、被告小山原告各本人の供述を綜合すれば、本件の建物は昭和二一年頃原告が訴外松田理吉所有の土地を賃借した上、その地上で製塩の事業を営むため、建坪八三坪余の工場用建物とともに、同年末から翌二二年初頃までかかつて建築工事を行い、完成したものであつて、右事業が失敗に帰し、廃業した後の昭和二五年中、親戚にあたる被告小山にこれを無償で貸与し、以後同人の住居に使用させるようになつたことが認められる。そして、本件にあらわれた証拠では、その後右建物が被告小山の所有に移つたと認めるに足らないので、被告長田申立の後記強制競売手続が終了をする前後まで、右認定の状態が続いていたものとみるほかはない。

(二)  ところが、昭和二七年二月頃横浜市金沢区役所備付の家屋補充課税台帳に右建物の納税義務者、すなわちその所有者を、被告小山と記載されるにいたつたことは当事者間に争いがなく、前記甲第一三号証と証人原田の証言によれば、右の記載は昭和二六年夏固定資産税新設のためなされた区役所の軒並み調査にあたり、関係人から協力を得られなかつたので、居住者の被告小山を一応その所有者と認定し、以後再確認のため同被告を呼出しても出頭しなかつたため、右認定を維持したことなどの事情によるもので、その後この認定にしたがつて徴税令書が発布されたのに、これに異議の申立がなくて打過ぎたことも認められるが、前記(一)認定の事実に照すと、台帳の記載をもつて真実を示すものといえないことは明かである。

さらに、同証拠と原告本人の供述によれば、昭和二八年一二月一八日にいたつて、被告小山の妻と原告の母とが同道して区役所に出頭し、本件建物が実際は原告の所有である旨を申立てたので、前記台帳の記載を訂正したが、小山の債権者である訴外富士殖託株式会社がこれより前の同月九日債権保全のため小山に代位し、訂正前の補充課税台帳の記載を根拠として、横浜地方法務局磯子出張所に右建物の新築申告をしたため、同出張所備付の家屋台帳に被告小山の所有と登録されるようになり、同月二三日その通知をうけた区役所では家屋課税台帳にまたもやその旨を登載し、補充課税台帳の記載は訂正分を含めて抹消せられたことが認められる。そして、同月中に富士殖託のなした右建物の強制競売申立により、執行裁判所の嘱託で、同月二八日被告小山の所有権保存登記がなされたこと、この競売申立は翌昭和二九年三月一一日取下げられたが、登記簿上の所有名義は変更がなく、その後昭和三〇年一〇月二四日被告小山の市税滞納により横浜市から差押えられ、ついで、同被告の債権者である被告長田からも同年一一月中強制競売の申立がなされ、同被告の市税代納により、執行裁判所による競売手続が進行して、昭和三一年四月二五日同被告自らこれを競落し、その代金を支払い、六月一五日同被告のため所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。

(三)  富士殖託株式会社の申立によつて開始せられた本件建物の強制競売手続により当時この建物が被告小山所有名義に登記されていることを知つた、とは原告本人の自認するところであるし、被告小山本人の供述によれば、同人においてもその点は同様であつたものと認められる。ところが、右競売手続が翌昭和二九年三月取下により終了したのに、同人等において右登記簿上の所有名義を真実に従つて訂正しようとしなかつたこと及びその状態が二年以上続いて、被告長田の所有権取得登記にいたつたことは弁論の全趣旨とその各本人尋問の結果により明白であつて、これ等の事実から推すと、右両名は、少なくとも暗黙のうちに、意思相通じて、登記簿上の虚偽の記載をそのまま放置していたものと認めることができる。すなわち、原告と被告小山は、すでになされている虚偽の登記を訂正しようとすればできたはずだし、訂正しないでおけば善意の第三者は建物を被告小山の所有と信じて利害関係を結ぶにいたる危険があることを富士殖託の競売申立の例からわかつていたのにかかわらず、相当長い間、どちらからも、訂正の手続をとろうと動き出さないという消極的なやり方で、虚偽の公示方法を公衆の前にさらしておき、これより生じる第三者の誤信の結果に意をとめなかつたものであり、それは積極的に通謀して虚偽の所有権移転の意思表示をしたのと効果の点で違いがないから、民法九四条により虚偽登記の無効をもつて善意の第三者に対抗することができない、といわなければならないのである。

(四)  そして、被告長田本人の供述によれば、同人は右登記が虚偽であることを知らなかつたものと認められ、右規定にいう善意の第三者にあたるから、原告は被告小山の所有権取得の無効であることをもつて対抗することができないわけで、したがつて、被告長田の競落による所有権取得も、これを否定することができない。被告小山本人は、被告長田は登記の虚偽なことを知つていた、と供述するが、到底信用することができないし、他にこの点の認定を覆えすに足る証拠はない。

(五)  そうだとすると、本件建物の所有権が原告にあることを前提とする本訴各請求はすべて理由がない。

(六)  被告長田が本件建物の競落人として、執行裁判所に不動産引渡命令を申請し、この命令を得て執行吏にその執行を委任したことは当事者間に争いがない。

原告は同被告に対し右建物の処分禁止の仮処分命令を得てその執行をしたから、同被告は引渡命令の執行をすることを許されないと主張するが、成立に争いがない甲第五号証によれば、右仮処分命令は、被告長田に対し本件建物について売買、譲渡、質権、抵当権の設定その他一切の処分をしてはならないことを命じるにとどまるから、処分行為に属さない、引渡命令の執行のような保存行為は、これに違反しないことが明白であつて、この点の原告の主張も採用できない。

二、つぎに、被告小山に対する原告の請求について判断する。

原告主張の事実は同被告の認めるところであつて、この事実にもとずく原告の本訴請求は正当である。

三、よつて、被告小山に対する原告の請求を認容し、被告長田に対する原告の請求を棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治)

物件目録

横浜市金沢区乙舳町五五番

家屋番号七〇番

一、木造亜鉛葺平家居宅

建坪 二三坪

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